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海外旅行紀行・戯言日記

海外旅行紀行・戯言日記

パクス・アメリカーナ

クリントン政権の前期、ポスト冷戦下で「唯一の超大国」となったアメリカではありましたが、米国企業の海外膨張志向にも拘わらず、内なる「社会と経済」の低迷から衰退の時を迎えていると言われていました。
国家財政の赤字、貿易収支の赤字がアメリカを苦しめていたのです。

しかしながら、経済構造を重工業製造業中心から金融業を中心と資金運用に切り替えることによって、政権後期に国家財政の黒字化を成し遂げ見事に復活を達成したのです。国際貿易赤字を苦にせず、その結果が米国国債の買い付け・米国国内投資の形で残れば、実害無しと考えることに変えたのです。
つまり、日本・西欧に敗れた従来型の経済競争では競わないと仕組みを変えてしまったのです。そうすることで、1980年代に言われた「日本に出来て何故米国に出来ない」等と言う反省はしなくて良いことになりました。クリントン政権後期は経済の繁栄を「唯一の超大国」が唯一謳歌したのです。

経済が好調になると、比例して政治的にも強いアメリカを誇示するようになりました。中近東紛争も当事国をアメリカに呼んで調停させるパクス・アメリカーナが復活したのです。多国間の協調によるクリントンの「変革の政治」は不要な存在となり、「古き良き」アメリカのピューリタニズムの伝統、自助努力の中間層の民衆(WASPと呼ばれる白人至上主義階層"White Anglo-Saxxon Protestant"の頭文字を取ったもの)が「強いアメリカ」のリーダーシップを掲げる共和党ブッシュ政権を選択することとなりました。

「戦争とは別の手段を以てする政治の延長」との認識で、内政の支持を糾合する為に、共通の敵を外に見つけ、対外強硬策に民衆の内なるナショナリズムをかき立てるのです。長年の敵であった共産主義者はソ連崩壊で役割が殆ど完了となりました。クリントン政権が親中国政策を採っていたこと、及び現在の中国がそれに取って代わる程の実力が無いと判断したのです。しかし、ロシアを巻き込んだ中国包囲網を画策していたのですが・・

突然情勢は変化しました。イスラム原理主義による米国政治経済の象徴への多発テロが起きたのです。敵にも値しない陣営から宣戦布告でありました。幸か不幸か、絶好の共通の敵が出現です。仕組みを変えたパクス・アメリカーナが、国際社会の認知を受けながら復活したのです。
政治経済、環境問題でもアメリカ国内事情で決定され、国際的な協調は多少考慮すれば良いことになって来ました。

この復活が、混沌と紛争を作る彼岸に「非西欧世界」をおき、秩序と平和を作る此岸に「西欧世界」を置き続け、彼岸から繰り出される「脅威」に対して軍事力で対応する限り、早くも解体に向かいつつあると思いますし、そう考えたいのです。


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